21世紀を目前にした1998年、石ノ森章太郎の病室には膨大な数のノートがあった。作家が最期までこだわったサイボーグ009完結編の構想メモである。その中に書かれていたタイトル…「2012009 Conclusion God’s War」。当時はまだ先の、21世紀初頭のある年のことを、明確に意識していたことがわかる。

いま。インターネットをはじめとするメディアで、作家が書き遺したのと同じ年号に関する話題が、あちこちで語られている。詳しく知りたい人は「2012」をキーワードに検索してもらいたい。アセンションやフォトンベルト、アカシックレコードなど、あまり馴染みのない単語が続いているだろう。以下、ごく簡単に要約するが、理解の至らなさや誤解が生ずる点があるかもしれないことをあらかじめお断りしておく。その話題には大きく2つの、まったく正反対の論旨があるようだ。

  2012年に人類は滅亡する。
  2012年に人類は覚醒する。

Wikipediaによると、「メキシコ・ユカタン半島にある古代マヤ文明の万年時計が紀元前2012年12月23日あたりで止まっていることから,この日が人類最後の日とされている。(しかしこれは、ただ暦が切れていると言うだけであり単なる区切りと見る説もある)」とある。滅亡説はおおむねこれを基点にしているようだ。

頻発するテロや紛争、地球環境の悪化、クローン技術などによる科学至上主義への疑念、さらに加えると国際的な経済破綻などなど、たしかに人類はかってないほどの状況に直面していると言える。これをもって滅亡の予兆ととる考えも理解できなくはない。

一方、覚醒説によると、これらの状況は人類が「目覚める」ための胎動と捉えているようだ。加えてこういった目に見えるわかりやすい兆候だけでなく、太陽黒点の増大により電磁波が強くなり、それは2012年に最大期を迎える…このタイミングで人間界と霊界・神界がひとつになり人類は覚醒する…といった論がある(覚醒できる人間には条件があるとされる)。

いずれを信じるか。あるいは信じないか。そこには言及しない。石ノ森自身も、オカルトやニューサイエンスなどに関しては「『アルかもしれないし、ナイかもしれない』という意識の余裕が必要なんじゃないか」と語っていた。作家はサイボーグ009で戦争や科学、地球環境、さらには神の領域にまでペンを走らせた。そして2012年。この符合は、たんなる偶然なのか。はてまた…。

「日本が世界に伍して21世紀を担っていくとすれば、精神文明以外にないだろうと思う。だから、もっと柔軟性のある生き方というか、UFOも面白がり木の精霊にも話しかける感性を取り戻してほしい」(「絆—不肖の息子から不肖の息子たちへ/鳥影社」から抜粋)